割に合わない報酬とボランティア
本記事のテーマに入る前に、少し小話をしたいと思います。
あなたはこれに近い経験をしたことはないでしょうか?
あなたは丸一日、仲の良い友人の引っ越しを手伝ったとします。普段は力仕事をしないので、とても体が疲れ切っている。
ですが、それでも友人の力になれたことが嬉しくて、気分が良いと感じています。
ですが、友人も気を使って、何かあなたにお礼をしたいと「少ないけど、お礼だ」と3000円を渡してきた。
本来、無報酬だった取り組みが報酬を得られたあなたは、なぜか少しモヤモヤしてしまっている。
この状況を理解できる方も多いのではないでしょうか?
自分がその人のために取り組んでいたのに、そこに取り組みに見合わない報酬が提示された途端、なんだかモヤモヤする、もしくは怒りを感じるといった状況のことです。
こういった自分は労力を低く評価されたり、気遣いに値段をつけられたりすることは、人は嫌う傾向にあるといえます。
「あなたのためにやっているんだ、値段なんてつけられるわけないだろ」と思うかもしれません。
または「おいおい、これだけ頑張ってそんなはした金で自分は使われていたのか…」といった相手から自分の心遣いをバカにされたと感じるかもしれません。
このように「ボランティア」で取り組んでいたときは気分がよかったのに、「労働に見合わない報酬」が提示されたときには嫌な気持ちさせてしまうのはなぜなのでしょうか?
ここで意識しなければいけないのが”社会規範”と”市場規範”という概念です。
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社会規範と市場規範
デューク大学の行動経済学の「ダン・アリエリー」教授によると、世の中には「社会規範」と「市場規範」の2つの概念が存在し、その2つは同時に共存できないといっています。
- 社会規範:社交性や共同体を意識した、社会的な繋がりを基にした価値判断
- 市場規範:賃金、価格といった金銭的な繋がりを基にした価値判断
「社会規範」とは、私たちの社交性や共同体の必要性と切っても切れない関係にあるものであり、道徳や倫理も規範の一種とされています。
また、社会においては人間社会集団におけるルール・習慣の一つでもあるとされている。
例えば、相手のためにドアを開けたり、相手が喜ぶと思って行った取り組みといった相手への心遣いといったお返しのためにするような取り組みや考え方ではないということです。
その反対に「市場規範」とは、賃金、価格、賃貸料、利息、費用便益などお金が絡む概念のことをいう。
つまり、誰かに何かをしてもらえば、その対価として何かを差し出すべきだ、差し出してほしいと考えるのが当然だという概念ですね。
この正反対ともいえる2つの概念がぶつかり合うことで、人間関係や状況に悪い影響を与えると考えられます。
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ボランティアのほうが熱心に取り組む!?
30ドルの報酬よりも0ドルを選択した事例をご紹介したいと思います。
数年前、アメリカでは全米退職者協会は複数の弁護士に、「1時間30ドル程度の格安の相談料で退職者の相談に乗ってくれないか」と依頼しました。
ですが、弁護士は断りました。
その後、全米退職者協会のプログラム責任者は素晴らしいアイデアを思いつきました。
それは弁護士に困り果てている退職者に”無報酬(ボランティア)”で相談に乗ってくれないかと依頼したのです。
すると、多くの弁護士は無報酬で依頼を引き受けると答えたのです。
本来であれば、0ドルよりも30ドルのほうが魅力的です。
ですが、この報酬が発生するという状況こそが、市場規範を適用してしまい、「30ドルなんて割に合わないよな」と損得勘定、もしくはプライドを刺激してしまったと考えられます。
ですが、ここで相談料は無報酬とすることで、弁護士側は他人への気遣い、もしくはやりがいや貢献感を得ることができることいった社会規範を適用させたといえます。
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市場規範を持ち出すと逆効果なときもある
社会規範で行われていたものを市場規範に転換したことで、状況が悪化する事例を紹介したいと思います。
カリフォルニア大学サンディエゴ校の経済学者「ウリ・ニージー」とミネソタ大学の経済学者「アルド・ルスティキーニ」がイスラエルの託児所で、子供の迎えに遅れてくる親に対して”罰金を科す”ことが有効かについて実験を行いました。
託児所では子供を迎えに来る時間が決まっており、その時間を過ぎれば託児所側はその残されたお子さんを見ていなければいけないことになります。
そうなれば、託児所で働く従業員も労働を強いられるわけですから、こういった時間に遅れてくる親をどうにか減らす方法はないかと考えました。
そこで、考えらえれる対策として、お迎えの時間を過ぎた親には罰金(290円ほど)を科すことにしました。
託児所側の思惑としては、「時間を守らなくても損をしない状況が子供のお迎えを平気で遅らせる原因なのだろうから、遅れた人には損をさせることで、時間を守ってくれるだろう」と考えたわけです。
一般的には罰金を科されるのは嫌だから、遅れてくる親の数は減るだろうと考えられるかもしれません。
ですが、この実験の結果は、”遅れてくる親の数が増えてしまう”といった、さらに悪い状況にしてしまったのです。
なぜこんな結果になってしまったのか。
それは、託児所側の”気遣い”という社会規範が罰金を科したことで”サービス”という市場規範に変わってしまったと推測できます。
人は自分の行為に対して他人に迷惑をかけていると自覚すると申し訳ない気持ちになります。
自分が子供の迎えを遅れることで託児所に迷惑がかかると考える方々もいたわけです。
ですが、罰金という代金を支払うことで、「お金を払っているのだから、託児所が子供を観てくれるのは当然であり、遅れてもだいじょうぶだろう」と考えるようになってしまったのです。
この後に話が続きます。
罰金が逆効果に働いてしまったので、数週間後に託児所は罰金制度を廃止をし、市場規範から社会規範に戻そうと考えました。
ですが、これまた逆に、罰金をなくしたにもかかわらず、子供の迎えに遅れてくる親の数は罰金を科したときの数から変化することはありませんでした。
親たちの行動は変わらず、むしろ遅刻する親たちが少し増加する結果になってしまいました。
このことから社会規範と市場規範が衝突すると、長い間社会規範は忘れ去られてしまうのです。
社会的な人間関係は修復するのは難しいということですね。
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報酬よりもプレゼントが効果的!?
会社側がいくら従業員のためだといって福利厚生を充実させたり、ボーナスを出そうが結局は従業員は市場規範を適用してしまいます。
そして、市場規範が適用されている間は、社員は損得勘定で物事を決めるため、割に合わないと従業員たちが感じれば、待遇の良いよその企業に移ってしまうと考えられます。
そのため、市場規範よりも社会規範を従業員に適用させることで長期的に働いてくれるというものです。
ここでちょっと企業側として理解しておきたいことがあります。
それは従業員を社会規範に適用させる手法です。
会社側は雇う側と雇われる側という関係上、当然市場規範を適用しがちです。
ですが、会社員の中には家族や仲間といった絆を重視して働いている方もいらっしゃいます。
そういう方は、企業がどんな状況になっても、見捨てることなく最後まで会社に尽くしてくれると考えられます。
そういう従業員を増やすために、従業員に対して「あなたを認識し、あなたのためには何かをしていますよ」と伝えることが大切なのです。
例えば、従業員に10万円のボーナスを与えるのと、10万円分の海外旅行をプレゼントするのとではどちらが良いのでしょうか?
きっと従業員の方は10万円を現金をもらうほうを選択すると思います。
ですが、現金という無機質なモノを与えても、あまり印象には残りませんよね。
それだったら、社員通しで仲を深める機会を作ったり、個々で旅行に行ったとしても「この旅行を与えてくれた会社」という印象に残ると考えられます。
こういった思いを乗せたプレゼントは市場規範から社会規範に変えるきっかけになるといえるのです。
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