「シルヴェスター・スタローン」の映画『ロッキー』伝説ストーリー

「シルヴェスター・スタローン」の映画『ロッキー』伝説ストーリー

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映画『ロッキー』に主演するまでの「シルヴェスター・スタローン」の生い立ち

 

出典 wikipedia

 

シルヴェスター・スタローンさんは「ロッキー」や「ランボー」といった多くの名作映画の主演をされた方です。

いまでさえ、多くの映画に出演され、輝かしい人生を歩まれていますが、実は壮絶な人生を送られてきた方なのです。

 

本記事では、そんなシルヴェスター・スタローンさんの生い立ちを紹介していこうと思います。

 

 

俳優になるまで

 

スタローンさんは、幼いころから、顔面の左側が麻痺しており、それにより上手く言葉を話すことができない言語障害がでてしまいました。

これはスタローンさんの出産時に産科医のミスが原因だと言われています。

 

こういった症状や見た目から、周囲からは常にいじめの対象になっていたようです。

それに加え、両親の離婚から次第に素行不良になり、14の学校から放校処分になるなど荒れた幼少期を送られていたそうです。

その頃に「スティーヴ・リーヴス」という俳優に影響を受け、母親が経営するボクシングジムで体を鍛え始めました。

 

それから大学に入学し、演劇の勉強していながら、自分の映画の脚本を書き始めました。

ですが、授業料が払うほど、経済的余裕がなく、大学を中退します。

その後の23歳でニューヨークに戻り本格的に俳優を志したのでした。

 

 

俳優業でうまくいかず

 

俳優として54回のオーディションを落選したと言われています。

顔面麻痺と言語障害を持っていたスタローンさんの演技力には限界がありました。

また、身長も177cmと外国の俳優としては小柄のほうだったこともハンディになっていたとも言われています。

そのため、ポルノ映画や劇場、ボディーガードの仕事でその日暮らしの生活をしていたとのことです。

 

20代のほとんどは期待した俳優業ができていませんでした。

そんな中でも、脚本を書き続けました。

 

 

親友の愛犬を売る

 

俳優のオーディションも脚本売り込みも上手くいってないことから、所持金がなくなってしまいます。

生活をするために、いつも苦楽を共にしてきた、愛犬「バットカス」をある店の前で100ドル(約9,000円)で売りに出しました。

そして、酔っ払いに値切られ50ドルで売ってしまいます。

愛犬「バットカス」を売ってしまった後、自分の不甲斐なさに、申し訳なさに大泣きをしたそうです。

このことが人生の中で最も後悔したことだとおっしゃっていました。

 

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ボクシング映画の脚本を書き始める

 

愛犬「バットカス」を売ってから、数日が経ちました。

その当時、ボクシング界で王者にもなった「モハメド・アリ」と無名に近い「チャック・ウェップナー」のボクシング中継をテレビで観ました。

無名であり、36歳という「チャック・ウェップナー」が王者「モハメド・アリ」からダウンを奪い、見事最終ラウンドまで戦い抜いたのです。

その試合終了後、敗者なのにもかかわらず観客は「チャック・ウェップナー」にスタンディングオベーションで拍手を送られたのです。

 

その試合を観ていたスタローンさんは何日も寝ずにボクシング映画を脚本を書き続けたのです。

書き上げた脚本があの映画『ロッキー』だったのです。

 

 

『ロッキー』の脚本の買い手が見つかる

 

ほとんど無名のスタローンさんの脚本をいくつかの映画会社に持ち込みました。

いくつもの映画会社に断られましたが、唯一、ロッキーの脚本を買い取りたいという映画会社がありました。

なんと、ロッキーの脚本に12万5000ドル(当時の日本円で3500万円相当)という大金を提示してきました。

 

しかし、スタローンさんはそのオファーを断わったのです。

なぜなら、スタローンさんは「自分が書いた脚本の映画の主人公をやりたい」と考えていたからです。

脚本家であり、俳優でもある自分が演じたいと強く思っていたのです。

そのあとも、その脚本を12万ドルから25万ドルを提示し、最終的には32万ドル(1億円相当)にまで値段を引き上げました。

それでも、断固としてオファーを受けないスタローンさん。

結局、自分が主人公を演じる条件は譲らず、3万5000ドルで自身が主人公を演じることに決まりました。

映画業界では最低ランクのギャラとなりました。

 

 

ロッキーが大ヒット

 

映画「ロッキー」は低予算のため、有名なスターの出演もなければ、出演者の衣装も自前、メイクも自分でといった状況でした。

また、フィルム代を節約するために、念入りなリハーサルを行い、基本的には1テイクで撮影されました。

低予算で苦戦しながら映画の撮影が行われました。

 

「ロッキー」の上映当時は、スター俳優が出演していない、低予算の映画だったため、僅かな映画館でした上映されませんでした。

ですが、ロッキーを観たお客さんの口コミが広がってゆき、最終的に全米で興行収入が約1億2000万ドル(当時366億円相当)を稼ぎだしたのです。

 

スタローンさんは自らの力で、「アメリカンドリーム」を実現させたのです。

 

 

愛犬「バットカス」を買い戻す

出典 stat.ameba.jp

 

スタローンさんは、愛犬「バットカス」を売ってしまったことをとても後悔していました。

ロッキー上映後、愛犬「バットカス」を探しに3日間探し続けました。

そして、売った相手を見つけ、150ドルで買い戻したいと申し出たのです。

ですが、相手は断りました。

相手は数回の脅迫が繰り返され、3000ドルと「ロッキー2」の出演を要求してきました(実際に出演したらしい)。

その後、何とか愛犬「バットカス」が戻ってきたということです。

 

上記の画像が、その愛犬「バットカス」が「ロッキー2」に出演したときのものです。

 

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