バブル景気とは ~バブルの発生と崩壊した理由をわかりやすく解説

経済学

 

日本の景気が良かったと聞くと1986年ごろに生じた「バブル」を想像されるという方がほとんどだと思います。

 

バブル景気時は、東京23区の合計の土地の価格をアメリカ全土の土地の価格を上回ったと言われています。

 

それほど、東京の土地の値段が上がったということです。

 

 

これにより、多くの人が銀行から低金利でお金を借り、そのお金で土地を購入して保有するだけで、お金が自分の懐に舞い込んでくるという状態だったんですよね。

 

そして、大金を手にした人が大量に消費をすることで、お金が回り、日本国民の収入面も大きくなっていました。

 

現在では日本の景気が良くない分、バブルを経験した方々は「あの頃が懐かしい…」と過去の思い出に浸ることもあるかと思います。

 

 

ですが、このバブル景気はバブル以降に生まれた若い世代にとっては経験をしておらず、全くバブルをイメージできないという方がほとんどだと思います。

 

そこで本記事ではそんな「バブル景気はどういった理由から生まれ、なぜ崩壊したのか」について説明していこうと思います。

 

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バブル景気とは

 

バブルとは、日本語で言うと「泡」のことですよね。

 

泡のようにどんどん膨らんでいきますが、割れればすぐに消えてしまう、そんな景気のことを「バブル景気」と呼ばれました。

 

 

これを経済学的に言うと「実態価格を超えた資産価格の上昇に伴う加熱景気」と定義されています。

 

例えば、本来は土地には適正な価格があります。

 

ですが、バブル時にはその適正価格以上の価値がついてしまい、ビルを建てたり、人に貸したりといった本来の事業的運用目的で持っていたはずのものが、見返りが小さくなってしまいます。

 

その結果、国民が景気が良いと感じるような状況になる景気のことを言います。

 

 

バブル景気時の日本では、このまま永遠に高景気が続くんじゃないかと思われていました。

 

基本的にバブルは終わった後に気づくものだといわれています。

 

そのため、現状がバブル景気であると自覚する国民はほとんどいなかったわけです。

 

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日本のバブルが生じた理由

 

日本のバブルはアメリカのニューヨークにあるプラザホテルで交わされた「プラザ合意」がきっかけとなっています。

 

ここではバブル景気になるまでの流れを説明していきます。

 

プラザ合意が交わされる

 

当時アメリカでは、貿易での輸出が伸びず、経済が衰退している状況でした。

 

その理由として、アメリカの通貨である「ドル」の価値が高いことにあると考えられていました。

 

そのため、アメリカでは「他国の力を借りて、何とかドルの価値を下げることで、輸出を伸ばし経済を立て直したい」と考えていたのです。

 

また、他国も同様に貿易に関してアメリカが中心に行われていることから、「アメリカ経済を立て直さないといけない」と考えていたわけです。

 

これにより、1985年9月に先進5か国「アメリカ」「西ドイツ」「フランス」「イギリス」「日本」に協力を持ち掛け、プラザ合意が交わされたのです。

 

 

日本では「ドルを売って、円を買う」

 

プラザ合意後、日本はドルを売り、円に換えることでドルの価値を下げる手法を取りました。

 

当時のドルが出回っている状態は需要と供給の関係上、需要が極端に高いことからドルの価値が高くなってしまっていたのです。

 

そこで、”ドルを売る”、つまり違う通貨に換えることでドルの出回る金額を減らし、ドルの価値を下げようと考えたのです。

 

 

それにより、ドルと円の為替レートを確認してみると、プラザ合意前の1985年は1ドル250円近くあったドルを予想通り下げることができたのです。

 

これは日本と同様に、世界の主要国が一斉にドルを売った結果ということです。

 

 

円高不況になる

 

 

ドルの価値が下がったことで、円の価値が上がります。

 

円高になったことで、プラザ合意以前のアメリカのように日本の貿易の輸出品の値段も高くなってしまったということです。

 

その結果、日本の輸出産業の経済状況が悪くなってしまったのです。

 

 

つまり、日本はアメリカの不況を助けたことで、自分たちの国が不況状態になってしまったということになります。

 

アメリカも自国の通貨が高かったことで輸出産業がうまくいかなかったことから、他国に協力を求めました。

 

日本はアメリカに協力をしたことで、自国の経済状況が悪くなってしまったということです。

 

これにより、アメリカに協力をしたことで”円高不況”が引き起こされたのです。

 

 

金融緩和を行う

 

日本は円高不況になってしまったため、景気をよくするための対策を取らなければなりません。

 

そこで国の景気を良くするためには2つのやり方があります。

 

  1. 国が公共事業を積極的に行う
  2.    公共事業を積極的に行われることで、企業の事業が拡大し、雇用が増え、結果的に景気が良くなる

  3. 金融政策を行う
  4.    中央銀行(日本銀行)が金利を下げることで金融機関がお金を借りやすくする「金融緩和」を行う

 

この対策により、金融機関はお金をどんどん民間企業に投資する状況を作り、企業は工場を作ったり、事業拡大をすることで、雇用を増やし、国内でお金の回りを良くしようと考えました。

 

 

バブル景気になる

 

バブルが生じたのは上記にも出てきた”金融緩和”が関係しています。

 

日本銀行は「銀行の銀行」と呼ばれ、「紙幣の発行」や公共事業のお金を出したり、金融機関にお金を貸したりしています。

 

その日本銀行の金利が下げることで、金融機関である銀行が日本銀行からお金を借りやすくなります。

 

政府からしたら、この金融緩和を行うことで、国内のあらゆる企業が金融機関からお金を借りて、設備投資してもらう目的がありました。

 

それにより、企業が工場を作ったり、雇用を増やしたり、その工場で使う原材料が売れたりと経済発展につながり、景気を良くなるだろうと考えていたわけです。

 

 

その結果、確かにあらゆる企業が金融機関からお金を借りて、生産ラインを作る目的で土地を購入しました。

 

そして、本記事の冒頭で説明しましたが、”土地を買う企業が増えてきたことで、土地の価値が徐々に上がっていきました。

 

つまり、土地がたくさん買われると土地は有限ですから、需要と希少性が高まっていきますから、「土地が欲しい」という人が続々と出てくることで「土地の価値は跳ね上がっていく」といった状況になっていきました。

 

 

そうなると、工場を作って収益を上げるよりも、土地をそのまま持ち続けていれば、勝手に土地の価値が上がってくるので、上がったら売ればいいんだと考えるようになるわけです。

 

この土地が上がり続けるというお話を”土地神話”といいます。

 

 

これにより、多くの企業が

 

「金融機関からお金を借りる」

→ 「そのお金で土地を購入」

→「その土地を担保にお金を借りる」

→「そしてまた土地を購入」

 

 

といった状況になったわけです。

 

 

初めの土地を買うお金を用意するだけで、あとはそのサイクルを繰り返すことでとても大きな土地を所有できてしまうことになります。

 

こういった様々な企業が不動産に進出し、資産を増やしていきました。

 

そして、みなさんがよく使っていた財産を増やす方法を表す言葉”財テク”と呼ばれるようになります。

 

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バブル景気崩壊へ

 

上記の財テクという手法で多くの企業は大きな収益を得るようになりました。

 

一見、景気が良くなっていると思えるのですが、それは企業や国民視点での話です。

 

国や銀行側は途轍もない問題を抱える状況になっていたのです。

 

それをこの章で説明していこうと思います。

 

 

銀行が融資の幅を広げる

 

バブル時には国内の企業の経営は良くなっていました。

 

その中でも一般の人でも注目するできごとが起こりました。

 

それは”多くの企業の株価が好調だった”ということです。

 

その頃とても有名だったといわれているのが、”NTTの株”だったりします。

 

NTTの始めの株価が1株119万円だったのが、2か月間で318万円にまで上昇したといわれています。

 

つまり、始めのNTTを1株購入した人は約200万円儲かったということになります。

 

そういった事例もあり、多くの人が株式投資を始める”株式ブーム”が起きたのです。

 

それにより、多くの企業は一般の人から資金調達ができるようになり、企業は銀行から融資を受けなくても事業拡大ができるようになったのです。

 

 

そのため、銀行には土地や株式で儲けたお金を預金する人たちが増えたことで、銀行には膨大な金額が集まっている状態となりました。

 

そこで銀行員は今までの優良な企業は融資は必要なくなったので、融資先を新規開拓しようと考えます。

 

そこで、土地で一儲けしている人に「土地を遊ばせておくのはもったいないよ」と伝え、その人たちにも融資をするようになったのです。

 

 

銀行で不良債権が積み重なっていった

 

上記で多くの企業が銀行から融資を受け、そのお金で価値が高まっている土地を購入して、それを担保にまた融資を受けるといった状況になっていたと説明しました。

 

そして、企業が銀行から融資をうけなくなったことで、融資先を拡大して、さらに銀行は債権を抱えることになりました。

 

銀行も現金を手元で遊ばせておくよりは融資をしたほうが良いと考え、積極的に融資を行っていました。

 

それに加え、その担保となる土地は将来的にも上がっていくと考えた銀行は「どうせ土地の価値は上がっていくのだから、現在の担保の価値以上のお金を出しても問題ないだろう」と担保の価値以上に融資をするようになりました。

 

 

これは「土地の価値は高まっていく」ということが前提で行われていたことです。

 

逆にいえば、土地の価値が下がっていったら、借り手は融資分を返済することができなくなるということです。

 

ですが、バブル崩壊を知っている我々からしたら、これは借り手が返済することができない”不良債権”となることは理解できるかと思います。

 

この現在の状況のみを考慮した銀行の融資により、銀行に不良債権がどんどん集まっていったという状態になっていったわけです。

 

 

政府が対策を取り始める

 

この土地が上がり続ける状況が続けば、マイホームを持ちたい人や事業を始めたい人といった個人が不満に思うようになります。

 

この「家を買いたいけど、事業を始めたいけど始められない」という状況から、家を買うためにお金を貯めていた人たちの多くが、そのお金を使って高級車を買うといった行動をするようになったとも言われています。

 

 

こういった従来では考えられないようなことが起き始めることから、政府も対策を取り始めます。

 

これ以上、大がかりな土地を購入による土地の価格の上昇を抑える政策として、”地価税”という税金を課すようにしたのです。

 

多くの土地を持っている人から、持っているだけ多くの税金をとるようにしたのです。

 

 

また、”総量規制”という金融機関に対して、不動産関連への事業に融資する割合を設けて制限する通達を行ったんのです。

 

これは実質的に不動産に対しての融資が禁止されたことに近いといえます。

 

これにより、今までの不動産に積極的に融資してもらい、土地の売買を行っていましたが、金融機関が途端にお金を貸してくれなくなってしまったことで、不動産や家を買いたい人がいなくなりました。

 

 

バブル崩壊

 

財テクというのは、土地の価値が上がっていくことを前提に取り組まれていた行為です。

 

ですが、「土地を買いたい」という人がいなくなったことで土地への需要がなくなり、借金をしてまで購入した土地がそれに見合わない価値にまで下がっていってしまったのです。

 

それに伴って、企業も土地の売買で大きな収益を挙げていた分、財テクができなくなったことで経営状況が悪くなり、株価も下がっていきます。

 

こうして、バブル景気は崩壊していったのです。

 
 

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